声楽と音度名唱

 ※音度名唱「拡張移動サ」の全体を概観するには、拡張移動サ音度名表をご覧ください。

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拡張移動サの実践(5)

他の代音唱法との併用

拡張移動サ音度名唱だけでは、現代日本の音楽状況に適応することはできない。

その理由の1つは、全く普及していない代音唱法だけに、「一緒に音楽をしている他の人とのコミュニケーションに全く使えない」ことである。もちろん、学校教育の場では、全く話が通じない。

2つ目に、より本質的なことは、拡張移動サが、五線譜から素早く音楽を読み取ることに適していないことである。設計した私としては、「五線譜は様々な音楽に中立的ではない」という考えのもと、故意に五線譜との関係を薄くしているのであるし、主音を探さないと音度名を振れないことは、音度名唱というシステムの宿命でもある。

ところが、現代において、多くの音楽は五線譜に書き表わされており、そこから如何に素早く音楽を読み取るか、また逆に、思い浮かんだ音楽を如何に素早く五線譜に記すか、ということが問われる場面が少なくない。例えば合唱活動では、始めて見た楽譜から音をイメージして歌う、初見視唱の能力が非常に重宝される。その点だけを取っても、他の代音唱法が必要である。

移動ド階名唱との併用

万人が用いることができ、最も重宝するのが移動ド階名唱である。音部記号と均号(調号)からドレミの「ド」音の楽譜上での表示位置を割り出し、そこから「ドレミファソラシ(/ティ)ド」の階名の物差しを当てて読み進める。転調を示唆する臨時記号があれば、そこから別の調(均)に読み替えをして進む。

この方法は、音高感覚(絶対音感)が微弱な人でも、音程感覚(相対音感)があれば有効に用いることができ、その音程感覚は年齢に関係なく磨くことができるので、誰でも使って損はない。いわゆるディアトニック音階にはまった、あるいはそれに近い旋法の曲であれば、力を発揮できるし、クラシックやポップスの曲の多くが、それに該当するのである。

しかし、半音階や部分転調による装飾の全くない曲というのも逆に珍しいものであるから、幹音を表す「ドレミファソラシ(/ティ)ド」だけでなく、派生音を表す階名も、それがどの方式であれ、身につけておいた方がいいだろう。

楽曲を分析する時間がなく、初見視唱を求められたときは、拡張移動サ音度名唱にこだわらず、他の代音唱法で対応すべきであるが、最も一般的に言えば、その場合は移動ド階名唱で対応するべきである。

固定ド音名唱について

現在、特に若い人の間で、最も広く用いられている代音唱法が固定ド音名唱である。この方法は、ドレミと結び付いた音高感覚(絶対音感)を一定以上持っている人の場合に、特に有効である。そういう人たちは、優れた感覚を有効利用するために、これを積極利用するのが当然である。しかしそれだけでなく、音高感覚が微弱であっても、移動ド階名唱の訓練も受けておらず、とっさに「ド」を適切な位置に置けない人たちによって、固定ド音名唱が使われている。音部記号だけ見て、均号(調号)や臨時記号を見なくても読み進められるので、最も簡単に素早く、楽譜に反応して何かを歌えるからである。

しかし私は、音高感覚が微弱な人は、固定ド音名唱を続けるより、移動ド階名唱の練習をするべきだと思う。なぜなら、音高感覚(絶対音感)は幼少時の教育によってしか身につかないと言われているので、その時期を過ぎて固定ド音名唱を続けても音高感覚は磨かれないと思うからである。それに対して、音程感覚(相対音感)やその組合せである調性感覚は、年齢に関係なく磨くことができる。

また、既にドレミと結び付いた音高感覚を持っているのではない人で、音名唱をする人は、固定ドを用いるべきではなく、イロハ式やABC式といった、他の方式を用いるべきだと考える。なぜなら、固定ドの多用は、移動ド階名唱との混乱を来たすと同時に、移動ド以外の方式を持たない階名唱そのものの存続を危うくするからである。

移動ド階名唱が困難な曲は

ディアトニック音階に基づいており、臨時記号が付かず、一度も転調しない曲は、移動ド階名唱に最も適している。それに対し、ディアトニック音階と関連の薄い音階に基づく曲、頻繁に部分転調や転調を繰り返す曲、不協和和音を多用する曲、調性が希薄だったり無調性の曲、歌唱中に音程把握の手がかりになる音が少ない曲は、移動ド階名唱をするのが難しい。そして現代では、そういう階名唱が難しい曲が増えていて、日常的に出会うと言って過言ではないだろう。対処するには派生音用の階名やそれに基づく転調に慣れる訓練を積んでいることが求められるが、それが済んだとしても、固定ドより複雑な反応経路が必要なことに変わりはない。ならば固定ドの方がいいのだろうか。

しかし、ドレミと結び付いた音高感覚を獲得していない人にとっては、固定ドによってその場でドレミを言ったとしても、音楽の把握には殆ど助けにならない。しかも、固定ドで歌われるのを聞いていると、その人の音高感覚の精粗に関わらず、幹音用のドレミ式音名だけを使っていて、派生音を発音で区別しない人が大勢いる。各自頭の中で、シャープやフラットを付けているのだろうが、これで音楽を把握する十分な足しになっているのかどうか、私には疑わしい。音名唱でも、せめて半音単位の区別は付く音節セットを使うべきではないのだろうか。

私の考えでは、移動ド階名唱に困難を感じた時は、完全に音名唱に移るよりも、そこからドの位置を変更するのをやめて、派生音用の階名を駆使して、困難のないところまで切り抜けるのがよいと思う。拡張移動サ音度名唱の場合も同様で、旋律の構成が分からなくなったら、サの位置をどう変更するか考えるのをやめて、とりあえずそのまま歌い続ければよい。それでどこまで行っても、歌う音度名が無くなるということは決してないからである。そしてもし、調性が十分あるところにまた辿りつけば、自ずとそのことに気づくであろうから。

亮音唱への移行

私は、音程や調性が不安な間は、その把握を助けるための代音唱法(階名唱・音度名唱・音名唱のどれであれ)を続けるのがよいと思う。そのうち最初に音名唱で音取りを始めた人は、音度名唱でももう一度歌ってみることをお勧めする。そこに音楽の解釈を最少限ながら込めることになるからだ。

音程や調性に不安がなくなったら、歌詞で歌うことに移る前に、亮音唱、つまり適当な母音や、鼻音や流音を伴う音節で歌ってみるのがよいと思う。それは、強弱やアーティキュレーションを含むフレージングに、注意を集めるためである。

歌詞をつけること、特に歌い手にとって馴染みの薄い言語の歌詞をつけて歌うことは、さらにその後でよい。歌詞自体の、発音や意味や背景を調べることや、朗読の練習をすることは、それまで、曲を歌うこととは別個に進めておくことができる。


(最終更新2011.10.31)

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