声楽と音度名唱

 ※音度名唱「拡張移動サ」の全体を概観するには、拡張移動サ音度名表をご覧ください。

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移動サでの旋法表記

普通、旋法を紹介・説明するのには、どこかの音高を主音とすると仮定して、音名(またはその記号)を並べるか、五線譜に書く。もしもドレミの音程関係に当てはまるか、そこに一つか二つ変化記号をつければ済むのならば、階名を使うこともあるだろう。しかし、これらの方法は、多くの旋法を示し比較するためには、あまりスマートではない。

音名を使ったり五線譜に書くと、まず音高が意識される。さらにそこから、音程関係だけを意識して抽出することはもちろん可能だが、旋法というのは一般に、移調が可能なものである。特定の音高から始まる調で書くことは、その調を特別扱いすることになるし、その表記を見ながら別な高さの調で演奏しようとするとき、混乱させる情報を発することになる。できるなら、移調に中立の表記法があれば、それに越したことはないのである。

さらに、現行の音名の多くは、ディアトニック音階(全音階)を標準として、それに変化記号(♯や♭)を表す何かをつける形をしている(D - Dis - Des などを考えて欲しい)。このことは、特定の音階を贔屓しており、複数の音階に属する多様な旋法を対等に表現するのに適していない。五線譜も、ハ長調という特定の調を「符号なし」の最も自然な形で書けるようにしており、調号によって均が変わっても、現れる自然な表記の音階は全てディアトニック音階(全音階)である。つまり、近代的で合理的に見える五線譜でさえ、音階に中立的ではないのである。

そして、これは上記に付随する問題だが、音名のうちドイツ語式・英語式・イロハ式などでは歌えないし、音名を使うと移調するたびにイメージする音名が変わってしまう。これはつまり、旋法の構造を理解したら音名から離れよ、音名で覚えているわけにはいかない、ということである。

階名を使えば、移調に対する中立性は確保されるし、「ドレミ」ならばそのまま歌うことができる。

しかし、階名は、音名や五線譜以上に、音階に対して非中立的な存在である。そして「ドレミ」の日本での一般的な歌い方では、七つの幹音しか歌い分けることができない。たとえ派生音に対しての名前を持つ拡張された階名唱システムでも、現在普及しているものは、音階の基準はディアトニック音階(全音階)である。それでは、音階や旋法に中立的とは言えない。もともと階名は、階名と音階の音程とを反射的に結び付けるように覚えるためのものであるから、目的としない音階や旋法は歌えないでよいのである。

加えて、階名唱では、旋法によって主音の階名が変わってしまう。長音階(長旋法)では「ド」が主音であり、短音階(短旋法)では「ラ」が主音である。このことは、転回関係にある旋法だけを比較するには好都合な面もあるが、見慣れない音階による旋法の主音を何と歌うかが決められない。そして、主音から完全五度上の音など、その他の音を呼ぶ名も、音階や旋法が変わるたびに変わるのであるから、主音との音程関係が階名からとっさに見て取れないし、多くの旋法の比較には不都合である。

これらのスマートでない点を解消するには、音度名で旋法を示せばよい。

しかしこれまで、シンプルで歌い易い音度名のセットが、あまり知られてこなかった。普及した音度名表記がなかったため、多くの人に理解されないことが、音度名による旋法表記の最大の問題なのである。

しかし拡張「移動サ」は、音度名の個数こそ多いが、表現範囲の幅広さ、歌い易さや区別のし易さ、仕組みの対称性や規則性、覚えやすさなどを兼ね備えた、普遍性のある優れた方法であるといえる。主音からの音程について、標準的西洋音楽のどんな音程でも(それどころか四分音などを含む音程でも大部分を)、オクターヴの違いを省けば一音節で言い表すことができる。全ての音楽に対応できるわけではないが、この音度名を並べるだけで、大抵の旋法は過不足なしに大まかな形を示し分けることができる。

例えば、西洋音楽の基本的な旋法ならば、次のようになる。

長音階 サリグマパディヌ
自然短音階 サリギマパダニ
和声的短音階 サリギマパダヌ
旋律的短音階 ↑サリギマパディヌニダパマギリサ

残念ながら移動サの仕組みを知らない人には全くの暗号であるが、馴染んでいれば、カナのままに歌って旋法の使用音を確かめることができる。

そして、これと同じようにして、インド音楽の72種類の親旋法や、何百というラーガ〔染楽法・旋法〕の使用音を、極めて簡単に書き分けることができる。軸音(ヴァ―ディー)や補軸音(サンヴァ―ディー)などの位置を示す際にも、カナ1音を言えばどこだか分かる。「サ」と言えば主音であり、「パ」と言えばそこから完全五度上方の属音のことである。そうした関係に旋法による例外はなく、その関係の音があるかどうか、旋法のカナ表記を見るだけで判別することができる。

シャープやフラットやナチュラルを使って音名を書き並べるより、五線譜を画像にして貼り付けるより、また派生音の表示にアンダーラインやアポストロフィの助けを借りるのに比べても、普通のカナだけ(※下註)の移動サのほうが、遥かに書きやすくて見やすいということもある。

そして、これは日本語のサイトであるからカナで書いているだけで、もちろん、アルファベット表記も、デーヴァナーガリー文字表記も可能なのである。

また、私は移動サを拡張して50以上の音度名を持つようにしたが、南インドの原型は16を覚えればよく、西洋音楽に応用したときに常識的な音程関係を確実にカバーするにも、25個を覚えればよい。知識としては、アルファベットと同等以内の努力で覚えられ、決して過大な負担がかかるわけではない。

(註※ 移動サでも、補助記号として、上昇形を示す「↑」、下降形を示す「↓」、基準オクターブより低い音域を示す下線(「,ディ,」など)、基準オクターブより高い音域を示す上線(「,,」など)は用いる。)

このような利点に鑑みて、私はこのサイトで、移動サでの旋法表記を積極的に使うことにしたい。

まだ移動サの仕組みの秘密については述べていないけれども、まずは拡張「移動サ」音度名表を見て、吟味してみていただければと思っている。


(最終更新2010.7.26)

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