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-ntu〔命令法為他三人称複数〕
-āvahaiのページ、-tu [1]のページに引き続き、動詞の語尾について見ていきたい。またこれまでと同じく、命令法の語尾である。
samastalokāḥ sukhino bhavantu | Svasti Vācaka Śloka /「ヴェーダテキスト1」サティヤ サイ出版協会 p.137
bhavantu は、「~になる」「生ずる」「存在する」などを意味する動詞√bhū の変化形の一つ。前のページの -tu と同じく命令法為他三人称であるが、主語が複数であることが -tu と異なる。「彼らは(彼ら以外のために)~になれ」といった意味になる。
-ntuという語尾は、命令法為他三人称複数を表す。⇒『彼ら/彼女らは(彼ら/彼女ら以外のために)~せよ』
samastalokāḥ は、samastaloka の複数主格。samastaloka は、samasta(結合された・組合わされた)と loka(地方・国・俗世間)の複合語で、「世界全体」の意味である。loka は、地上界・天上界など、世界を構成する諸部分を表す。その samastaloka が複数形であるから、samastalokāḥ は、完全な世界全体が複数あることになり、「諸々の統合世界が」というような意味になる。
sukhino は、「幸福な」を意味する sukhin の男性複数主格。sukhinaḥ となるところを、次の bhavantu が有声音で始まるため、sukhino の音になっている。
従って、引用箇所は、「諸々の統合世界は(それぞれの全体にわたって)〔神のために〕幸福になれ」といった意味に読み解ける。
これとよく似ているが、対照のために次の例も見てみよう。
lokāḥ samastāḥ sukhino bhavantu || Lokāḥ Samastāḥ Mantra /「ヴェーダテキスト1」サティヤ サイ出版協会 p.138
動詞を含む述語部分は、先の例と全く同じ。主語だけが少し異なっている。
今度は、複合語になっていない lokāḥ が主語。それに対して、同格修飾語として、同じ男性複数主格の samastāḥ が掛かっている構造である。主語の loka は複数個存在して、その各々が、互いに統合されている。しかし、先の例と違って、複数の loka が集まった samastaloka は幾つあるか分からない。「結合された」と言っているのだから、むしろ1つしかないというニュアンスを帯びている。
「統合されている諸々の部分世界は(全て)〔神のために〕幸福になれ」といった意味合いになる。
別の文献から例を見る。
bṛhaspatir-mātariśvota vāyus-sandhu-vānā-vātā abhi no gṛṇantu | Nīɭā Sūktam /「ニーラー スークタム 公開版」サティヤ サイ出版協会 p.2
gṛṇantu は、動詞√gṝ の命令法為他三人称複数である。動詞√gṝ は、「呼びかける」「称讃する」「発声する」などの意味を持つ。
その前の abhi no は abhi naḥ が次に有声音が続くためにこの音になったもの。abhi は「~の方へ・に対して」の意味で、naḥ は一人称複数の附帯形であり、合わせて「私たちに対して」。一人称の代名詞の附帯形としては、一人称両数の nau について、前のページで述べている。
では、何に対して、私たちに声を掛けよと言うのであろうか?さらにその前の、sandhu-vānā-vātā とは、saṃdhvānāḥ vātāḥ というのが、順次に有声音で始まる単語が続いたり、アクセントの関係でこういう音に書かれたもの。「一緒に音を立てて吹く風たちが」という、男性複数主格である。語尾の -āḥ は、次に有声音が続くと、-ḥ が脱落する。
さらに、それと同格と見られる男性の神名が、その前に3つ並ぶ。bṛhaspatir-mātariśvota vāyus という部分がそれで、分かち書きすると、bṛhaspatiḥ mātariśvā uta vāyuḥ という形。uta というのは、「~もまた」「~さえ」という意味である。
従って、この文全体は「ブリハスパティ、マータリシュヴァン、そしてまたヴァーユも、一緒に音を立てて吹く風たちとして、私たちに対して声を掛けよ」といった意味になる。
Q. 動詞のもとの形と、語尾を除いた残りの形が、随分違うようなんだけど……。
A. 文中で、動詞√bhū のようにして示している形を、語根といいます。動詞の大もとの形で、これで辞書に載っています。それに対して、語尾の付く前の残り、bhava のような形を、語幹といいます。語幹は、語根が発展・変形した形ですが、一つの動詞に多くの種類があります。表わす相(アスペクト)や態などによって、語幹が使い分けられるのです。
例えば bhava は、語根√bhū の現在語幹と呼ばれる語幹です。現在語幹は、「不完了」ということを特徴とします。現在のところ完了していない事実、過去の時点で完了していなかった事実、話し手が曖昧に頭に思い描いている事柄、話し手がこうなって欲しいと強く意思している事柄、そういった”完了していない”ことに焦点がある表現に、現在語幹が使われます。
語幹の作られ方は、各語幹の種類によって違うだけでなく、それぞれの種類の語幹に、さらに幾つものタイプが分かれます。サンスクリットを使いこなすには、この動詞のこの語幹の作り方はこのタイプかあのタイプ、という活用規則を、いっぱい覚えていかなくてはなりません。
Q. 語順について、あまり説明されませんが?
A. サンスクリットは、単語一つ一つが語形変化して、文の中での役割を大方示すことができます。名詞が主語になるときと目的語になるときでは多くの場合で語形が違いますし、動詞の語尾を見ればどんな主語と対応しているかかなり絞り込めます。語形変化の種類が、多くの人を敬遠させるほど多いお蔭で、語順が変わってもあまり意味が混乱しないで済みます。
その一方で、より一般的な語順、というものはあります。文全体の組み立てでは、主語ー目的語ー動詞、の順番が普通で、これは現代のインドの諸言語とも同じですし、日本語とも共通します。また、修飾関係も前後自由ですが、修飾語(限定用法)ー被修飾語、の順番の方がより普通です。
このように大雑把に見ると、英語や漢語などと比べて日本語に近いですが、細かく比べると、日本語ともかなり違いがあります。例えば動詞部の否定は、日本語では動詞より後ろに来ますが、サンスクリットでは動詞より前です。また、「前置詞」はそれほど頻繁には使われませんが、英語のように全部名詞の前に来るのではなく、かといって日本語の助詞のようにほとんどが名詞の後ろに来るのでもなく、両方がありえます。ですので場合により、その前置詞が何格を取るかを考えて、どちらかを判定する必要が生じます。ただ、どちらかと言えば、支配される名詞ー前置詞、の順番の方が普通です。
(最終更新2013.10.6)
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