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-su (-ṣu)〔複数処格〕
tāmagnivarṇāṃ tapasā jvalantīṃ vairocanīṃ karmaphaleṣu juṣṭām | Durgā Sūktam /「ヴェーダテキスト1」サティヤ サイ出版協会 p.76
これまで幾つかのページで、-bhi- / -bhy- (ビヒ)という音が耳につく、名詞・形容詞の格変化語尾について見てきた。このページでは、今度は、-su / -ṣu (ス / シゥ)という音を取り上げる。karmaphaleṣuという単語にご注目いただきたい。
-suという語尾は、複数処格を表す。⇒『~(たち)において/の中で』
「処格とは何ぞや?」と言えば、この処の字は、「ところ」という字である。時間的・空間的な位置・場所「~に」「~で」、そして行為の周辺状況を表す。英語で言えば in, on, at, などの前置詞に相当すると考えていいだろう。時間にも場所にも、周辺の物や人や状況にも使えるということで、訳し方は文脈で考えなくてはならない。
複数と付けているのは、複数でなくてはこの形は使いませんよ、という意味である。
この語尾の基本的な形は -su だが、実際に使われる際は大部分で反舌の -ṣu として現れる。これは、s, が ṣ, に変わる発音上の規則と関係する。つまり、直前に i-, ī-, u-, ū-, ṛ-, ṝ-, e-, ai-, o-, au-, k-, r-, l-, があれば、それに続く -su は -ṣu に変わる。そして、間に -ṃ-, -ḥ-, が挟まっていても -ṣu に変わる。文法規則的に、 -su の前にこれらの音がある確率は非常に高い。
引用例の場合も、直前の音が e- で、語尾の形が -ṣu となっている。
ここでは、karmaphalaというのは、2つの名詞が結合した複合語である。ある程度は語彙力がないと、どれがどう複合語なのかも分からないものではあるが、これは、宗教的哲学的に非常に重要な語彙同士の複合語である。
サンスクリットでは、文を作るのに匹敵するくらい自由に、複合語を作ることができる。そしてその複合語は、語尾変化をしばしば省略して、2つ以上の言葉をつなげれば、容易に出来上がる。
そのこと自体は、日本語でも同様で、「雛」+「祭り」=「雛祭り」、「文化」+「交流」=「文化交流」、「カレー」+「ライス」=「カレーライス」、「積む」+「重ねる」=「積み重ねる」、「甘い」+「酸っぱい」=「甘酸っぱい」といったものは成語だが、同様にして、必要とあらばどんどん単語をつなげて新たな複合語を作れるし、各部分の意味や複合語一般の構成規則や文脈からの類推で、始めて見た複合語でも意味が通じるのである。
サンスクリットも複合語や派生語は書き手が造語できるので、必ずしも辞書に載っているとは限らない。だから、読み手側も、複合語の作り方を知っておく必要がある。
今回のkarmaphalaは、karmanとphalaが合わさったものと見て取れる。これは、幸いにも十分に重要な成語なので、中型以上の辞書に当たれば、見出し語karmanの下に複合語として副見出しが立てられていて、その語義から仏教では「業報」と訳されている単語だと知ることができる。つまり、過去における善悪の行為の影響力が結実して、当人に苦楽の報いとして帰ってきたもののことである。他にも、ある種の果実を指している語義なども載っている。
しかるに、上記引用書の訳では、「行動とその成果」と、並列的に訳されている。この訳がそれでは誤りかというと、これだけでは断言できない。なぜなら、複合語は、多くの意味形式に分かれ、それらは外見上から区別できないからである。辞書に載る複合語の語義は、もとの要素の意味からだけでは一見して正しく解釈できないようなものが載るのであるが、それ以外の解釈による語義を意図してその複合語が使われる可能性を排除するわけではない。「業報」の語義で訳す場合は属格性斜格限定複合語として解釈されているのに対し、「行動と(その)成果」のように訳す場合は、集合的並列複合語と解釈されているのである。
これを確定するためには、「その時代のその立場の人たちは、その複合語をどういう意味で使っていたか」という文献学的・宗教史的な視点と、「宗教的に目的を達成するためにはどういう解釈をすればよいか」という実用主義的・宗教指導的な視点からの考察が必要である。そうした考察は、この項でのテーマではない。
仮に「業報」と訳したとすれば、karmaphaleṣu は「〔諸々の〕業報の中で」といった意味になる。
ここの文脈は、女神ドゥルガーに「私」が庇護を求めに行く、という流れで、その女神を形容説明しているところである。
直前の vairocanīṃ は、「輝く」を意味する√ruc から遠く派生した形で、「太陽の」の女性形の単数対格。仏教で言えば、華厳経等に説かれる毘盧遮那仏の女性形に相当する称号である。ここでは、女神の称号の一つで、その女神に対して、の意味の対格である。
直後の juṣṭām は、「楽しむ・好む・喜ぶ」などを意味する√juṣ の過去分詞の女性単数対格で、「喜んだ」などの意味。先の vairocanīṃ を同性同数同格で修飾していると取れるが、形容のまとまりをどこまでで切って訳すかも、訳し方次第である。
この3語で「〔諸々の〕業報の中で喜んで〔留まる〕太陽のような至高の女神に対して」というような意味だが、その表現は宗教的解釈によっていろいろ変わりうるであろう。
続く箇所でもう一つ例示する。
pratnoṣi kamīḍyo adhvareṣu sanācca hotā navyaścasatsi | Durgā Sūktam /「ヴェーダテキスト1」サティヤ サイ出版協会 p.78
ここに出てくる、adhvareṣuというのは、adhvaraの複数処格である。adhvara というのは、「曲がっていない・壊れていない」の原義から、宗教儀式の一種である「供儀」を意味する。犠牲獣或いはソーマ酒といった捧げものを供えて神を讃美する儀式。複数処格で「〔種々の〕供儀において」。
この -su (-ṣu) の格変化語尾は、次に母音で始まる単語が続くと、それと融合する。即ち、次に u-, -ū-, で始まる単語が来れば、それと一体となって、-sū- (-ṣū-) の形になる。また、それ以外の母音が来たときは、 u, が v, になり、-sv (-ṣv) として次に続く。
なお、短い形であるため、複数処格の語尾でなくとも、su (ṣu) の音声が現れる例は相当ある。
中でも、単語の頭に付く接頭辞としての su- は、「良く」の意味で、上質さ、美しさ、完全性などを示す。また、動詞の√su は、「圧し出す・絞り出す・産み出す」などの意味でよく使われる。そして、sukha は、「幸福」の意味である。その他、'su'の現れる重要単語は幾つもあるので、それらを覚えて、判別しなくてはならない。
Q. それでは、-su,-ṣu,-sū-,-ṣū-,-sv,-ṣvがなかったら、それは複数処格ではないと言えるの?
A. 言えます。あらゆる名詞・形容詞・代名詞を通じて、例外はありません。
Q. 処格という文法用語には、他の言い方もあるの?
A. はい。英語では「locative」(位置を示すもの)と言って、L.やLoc.などと略されます。
サンスクリットでは、「saptamī-vibhakti」(第七格語尾)と呼ばれます。日本語では他に「地格」という言い方が、ラテン語文法などで一般的です。さらに「於格」「依格」とも言うほか、「所格」という表記もあります。英語は覚えておくと文法書などを見るときに役立つでしょう。
Q. どうしてこんな、ちょっと変わった格から説明をしているの?
A. よく使われる、どの言語にもある格に比べて、語尾の種類や例外が少ないからです。
一番ありきたりな「単数主格」などから始めると、何十種類ものパターンを数え上げなくてはなりませんが、意味の個性の強い格は、こうして1~2種類の語尾とその前後の音によるバリエーションを挙げるだけで判別可能です。
すぐそれと分かるものから意味を確定していけば、残りのものがつかみ易くなります。
Q. 斜格って初めて聞きましたが?
A. 主格・呼格以外の残りの格のことで、言語を問わず使われる用語です。
サンスクリットの場合は、対格・具格・為格・奪格・属格・処格の6つを総称します。
Q. 複合語の種類には、どんなものがありますか?
A. 名詞・形容詞に基づく複合語は、伝統的に、大きく6種類に分類されます。
1).並列複合語(相違釈) 2).斜格限定複合語(依主釈) 3).同格限定複合語(持業釈) 4).数詞限定複合語(帯数釈) 5).所有複合語(有財釈) 6).不変化複合語(隣近釈)という分類ですが、詳しくは別の機会にご説明します。
その他に、動詞複合語もあります。
(最終更新2013.8.18)
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